酒
越後は水が清らで米が美味い。
酒を造るには大層都合が良い土地である。
故に、そんな土地で育った者が、酒を好むようになるのも当然の理。
とはいえ。
「幾らお強いからと、余り量を飲まれてはお体に障ります。」
主人のすることに諫言等、普段ならばすることさえ思い付かないのだが、事此れに関してだけは毎度口を衝いてしまう。
無論、其の言葉が主人を案じてのこと、と、諫言されている当の主人も理解しているふうではある。
が、尚其れをやめようとしないのは、其れが既に主人の生の一部であるからか。
「そなたものみませんか。」
主人の守護を自らに課した己が此処に在るようになったのは、未だほんの最近のことであるのに、今や他の家臣達にも劣らぬ信を得て主人の傍に在り。
其れが故に、主人が酒を嗜む夜中の話し相手は概ね、護りの任に就いている己のみになってしまい、時としてそんな言葉を掛けられることも度々。
「いえ、私が酔って、万が一の危急の際に不覚を取るようなことがあってはなりませんので。」
己が返す言葉が必ず同じであることを、無論主人も知っていて誘う言葉を掛けてくるのだから、人が悪い。
そして、其の答えが返る都度、主人も悪戯を咎められたような表情を僅かに含んだ笑みだけを浮かべ、再び杯に口を付けるのだ。
最初から、其の杯を共に出来るならば、此処まで心苦しくなることも無いというのに。
無体な仕打ち、と思わなくも無い。
然し、此の状態になることをすら、決めたのは己であって主人では無い。
寧ろ、酒を愉しむ時の主人の様子が余りに無心で無防備で、そんな様を間近く見ることが出来るのは側仕えする己の特権のように思える。
だからこそ、其の為にこそ、例え許されても杯を取ることは出来ないのだ。
口を付けずとも、其処に在る、と、思うだけで酔える美酒。
其の美酒こそ此のお方、我が主。