嘆き
常に気を張る忍の習性としての浅い眠り、其れを妨げたのは、人の動く気配と微かな物音だった。
かさかさ、と、それは酷く小さなものではあったのだが、何故か耳を衝くものであり。
「何か、お探しでしたか?」
此の場に思い当たる音の主は、ひとりしか居らず。
其の主へ向けて、彼女は静かに小さな声で問いかける。
「おこしてしまいましたか。」
返る答えは過たず、彼女の主人であった。
「いえ、忍は常に辺りに気を配らねばなりませんし。」
寧ろ、主人を守る己が、僅かでも眠っていたことの方が罪悪のように彼女は感じている。
「…なくしてしまいました。」
其の彼女の胸内を知ってか知らずかはわからない。
只、抑揚の無い静かな声が、再び彼女の耳に届く。
「失くされた…何をでございますか?」
「───…を。」
問い返せば返ってきた答え。
然し其れは聞き取れなかった。
そして沈黙と、微かな、かさかさと探し続ける音。
何を探しているのだろう、という疑問は晴らされることの無い侭、然し其れは見つけてしまえばわかるような気がして、彼女は彼女の主人と共に探し始めた。
「大事なものなのですか?」
「かたみ、です。」
「形見・・・? 何故また其のような…」
常頃、全てにおいて酷く几帳面にしている筈の主人が、そんな大事なものを失くすなど、余りに意外で。
然し、やはり此のお方も人の子で在られるのだ、と的外れな安心も感じてしまう。
「なくしたのは、ずいぶんまえなのです。」
探し続ける間に、不意を打つように響く声。
「いつもどこかにあるようなきがして。」
独言のようにも聞こえ。
「さがせばやはり、あるようなきがして。」
吟うような流れの言葉。
障子越しの白い光が陰影を作り、部屋は明るくはあるが陰影も多い。
そしてまた沈黙の侭、何をか探し続ける。
床の畳に視線を近付けながら、ゆっくりと見て回る彼女は、ふと手を付いた其の先に、小さな何かが転がっているのを見た。
さては此れか、と、手を伸ばす。
触れれば其れを手許に手繰るように寄せた。
小指の爪程の大きさの、小さな、丸い、白い───
「お探しのものは、此れでしょうか?」
「ああ、それです。よくみつけてくれました。」
彼女は拾い上げた其れを掌に載せ、そっと捧げるように差し出した。
「此れは…?」
「しんじゅ、ですよ。」
「此れが、何方様かの形見なのですか?」
彼女の掌の上で、色蒼く光沢を放つ、真珠のたま。
其れは犯しがたく柔らかな、冷たくも見える美しい色をしていた。
───…良く似ている、私の大切な、此の方に…
其の真珠に見蕩れた一瞬に過ぎる思い。
「どうぞ。」
主人に渡すべくもう一度差し出そうとして。
───掌の中の真珠が
柔らかく
消えていくのを、
見た…───
茫然と、只茫然と消えていくのを。
「かたみにするものは、なくしてしまったのです。」
「え?」
声が聞こえた。
彼女は主を振り仰いだ。
そして、真珠と同じだった。
柔らかく消えていくのを、見た。
白い光の、明暗の室内に、彼女が只ひとりだけ、茫然と取り残されていた。
「失くされたのですか・・・?」
目が覚めて、彼女は泣いている自分に気付く。
「失くされてしまったのですか…?」
さめざめと。